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トップページ俳優・阿南健治> もうひとつのエピソード 2000/05/22


え? 「もうひとつのエピソード」って、どういうことかって?
俳優・阿南健治ホームページには載せられない、
私発の「阿南健治との関係」をここに書いているからです。

今は忙しくてむかしの手紙など、 裏付けるものを探せずにいますので、
記憶にたよって徒然に書き出してみたいと思います。



阿南とは、高校1年生のときの同級生。
悪いけど、高校の時の阿南と話しをしたという記憶がない。
早い話が、そんなに親しくなかった。(遅く言ってもそうだが・・・)
覚えていることと言えば・・・
ひどい音痴(オンチ)
ありゃ天才的やった。去年の「ミュージカル『銀河の約束』に出演」と聞いた時、
「ええっ! 歌うんかお前」と思った。 「歌はなかった」と聞いてホッとした。
高校3年の文化祭
阿南オンステージには参った。
音が外れてるのにステージにいる 阿南のクラスは異様な盛り上がりを見せてた。
本格的な付き合いと言えば、アメリカからエア・メールが届いてから。
「誰や。外人に友達なんかおれへんで・・・」
中を開けて見たら読みづらい日本語で書いてあったが、安心した。
なんで私に手紙よこしたのか、その記憶がないけど、
高校1年5組の連中って、今も続いてる・・・そういう不思議なつながりがあるな。

『カーボーイになる』って書いてあった。
「なんでまたカーボーイに・・・変なヤツ」と思った。
それ以来、文通でのやり取りが続くことになる。

『お金が無くなって途方に暮れてる』という手紙。
「何してんねん」と思ったけど、お金は送らなかった。
・・送り方を知らなかった。
気が付くとウィスコンシンにいた。

そのウィスコンシンからは、
『ボスとケンカした。英語じゃ埒(らち)があかん』と書いていた。
確か「日本語でやり返せ」と返事したよう思う。

No.022
どさ廻り時代 '85.1.9 海田温泉(広島)で
若っかいなー、二人とも・・・
「ピース」なんか今どき流行らん
(23歳)
また前ぶもなく住所が変わってニューヨークから届いた、
『ビザが切れたけど、金がなくて帰れない』と書いてあった。
やはり送金方法を知らなかった。

(アメリカで何してたか、「笑っていいとも」見てやっと分かった。)

どないしてんねやろ・・・と思っていたら、 いつの間にか東京に帰ってた。
「帰れんかったんと違うんかぃ」と、チョットだけ思った。

どさ廻りで海田温泉(広島)に来たときは、すっごく嬉しかった。
ご祝儀は大枚叩(はた)いて、舞台へ投げたように記憶してる。
そうアメリカへ送金できなかった分も入れて・・・

移動のたびに他愛も無い手紙をくれた・・・
そしたら、いまは東京に住んでるって・・・
No.094
東京サンシャインボーイズ時代
'90.12.29 神戸公演 楽屋にて
ずっと照れ臭そうにしてた
(29歳)
阿南からのたよりは、いつも唐突やった。
「劇団」のちらしを送ってきた。
それが東京サンシャインボーイズやった。

今度、神戸で公演があるから・・・と。
神戸なら実家に帰れば近い・・、
カミさん連れて、親に子ども預けて、喜んで観に行った。

実はああいう舞台を観るのは初めてで、最高に良かった。
演出家が素晴らしいと、素人目にも思った。
阿南の芸風は、「大衆演劇のままやなあ」と思った。
それが嬉しかった。


阿南は、
まわりの人間を元気付ける不思議な力を持ってます。
阿南が頑張ってるところをみると、
こちらも「頑張らねば」と思ってしまうんです。
随分、元気付けられたように思います。
ホームページのマスターを引き受けたのは、
その恩返しのつもりなのかも知れません。

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